引き続き船橋での風俗遊びができることを先人に感謝する。千葉常胤の第二回。妄想をだいぶ交えて語る。
風俗遊びができることを船橋の偉人に感謝ー千葉常胤編1ー

関東のカリスマ源義朝が、その力で各地の勢力やトラブルを解決していくのをみて、我らが千葉常胤も義朝に従わざるをえなくなる。
その関係はかなり複雑だ。
常胤の親父、常重の頃。中央の都から藤原親通という公家が下総に赴任してきた。彼はよほどこの千葉の田舎の人たちを見下していたのだろう。常重にいちゃもんをつけるや逮捕監禁してしまったのだ。さらに、千葉氏の領土である相馬郷と立花郷の横領にまで発展する。この時の常胤の心境はとても落ち着いていられるものではなかっただろう。卑劣なり親通。

そんな時に、義朝が現れる。藤原親通から相馬郷を取り返し千葉氏を救出した。となれば美談だが、そうはいかない。義朝はこの事件に介入し、己が相馬郷を手に入れようと常重から証文を奪ってしまう。もっと恐ろしい者がやってきてしまったわけだ。

しかし、この相馬郷が伊勢神宮への寄進地だったことから事体がこじれる。常重に代わり相馬郷を伊勢神宮へ寄進するよう動いた義朝だったが、伊勢神宮に認められなかったのだ。その間に代替わりした常胤は相馬郷の奪取に奔走、そして見事、相馬郷を取り戻しのだ。そして、ちゃっかり義朝はこのトラブルを調停したと、また名声を蓄えた。